日本の野球ではテークバックで軸脚へ体重を移動する事がほとんど常識となっていますし、アメリカでももちろん、そういった指導は有ります。しかし、一方でアメリカには「自分が使うバットの長さ分のスタンス(比較的ワイドなスタンスになる)を取り、そこから直接バットを出す」という考え方が有る事も事実です。
「軸脚に体重移動をする」という考え方ほど、トップハンドトルクタイプの技術論と相反するものは無いでしょう。なぜなら、軸脚に体重を移動するだけで、軸脚の筋肉は無意識下で反射的に作動します。このメカニズムこそがウェートシフトタイプの始まりであるためです。ウェートシフトタイプと名付けたので、前に体重を移動する打ち方みたいに思われるかもしれませんが、言いたかったのは「体重移動を触媒(しょくばい)として下半身の筋肉の出力をもとめる」という事です。一方でトップハンドトルクタイプの場合は、軸脚への体重移動も含めて、体重移動を利用しない状態から、いきなりバットを出そうとした結果、無意識下で反射的に下半身が出力します。このメカニズムはウェートシフトタイプと全く異なります。これを実感するためには適当なスタンスで構えて、とりあえず形はどうでも良いので、とにかく思いっきりバットを振ってみて下さい。「さあ、行くぞ」となった所で、下半身がグッと地面を押すような感覚が得られるでしょうか。この下半身が地面を押す局面がトップハンドトルクタイプにおける始動であると考えています。そして、この局面を迎えるまで、下半身の筋肉は出来るだけリラックスした状態にしておきたいのです。ですから、準備動作として軸脚に体重を移動する事はトップハンドトルクタイプとしては好ましく無いのです。下のジェイソンジオンビのフォームを見て下さい。1と2を比較する時、背景と比べると、腰は投手方向に移動しています。脚が上がっているものの、軸脚へ体重移動している動作では無いという事です。
ところが、軸脚に体重を移動するという指導が有る以上、トップハンドトルクタイプの打者の中にも、軸脚へ体重移動をしてから始動する打者がいます。今年の日米野球ではデビッド・ライトとジャーメイン・ダイに、その動作が見られました。特にライトの方は身体を捕手方向に捻る動きも加わり、その動作は「テークバック」そのものでした。
このデビッドライトのフォームは一般的な技術論からすると、何ら問題の無いフォームで、それこそ、「テークバック」そのものでしょう。ところが、トップハンド・トルクタイプのメカニズムから考えると、この動きこそが、マイナスになるのです。省略して説明すると、ウェートシフトタイプのメカニズムで、軸脚の筋肉が先行して出力した結果、下半身の回転が過度に先行し、スイングの中で、力が流れます。力が流れるとは身体が回転しすぎて、右バッターなら3塁方向に、左バッターなら一塁方向に力が分散するという事です。ではライトとジオンビのフォロースルーを比較してみます。
もっとも、このデビッドライトのスイングはホームランを打ったものですから、比較的その問題点がカバーされていますが、凡打する時などはその傾向が目立ちます。
そして何よりも、本来であれば、身体の流れやすい左バッターのジオンビの方が、壁を崩さず、センター方向に押し込めているのに対して、右バッターのライトの方が上体の力が流れ気味である事が見て取れます。
前脚のつま先の向きだけを見ていると、ライトの方が閉じているので、一見して、上体の力に対して踏み堪えているように見えますが、ジオンビの方は背番号がほとんど見えている状態まで肩を回している所に着目して下さい。(正直、カメラアングルの影響も少し有りますが)一方、ライトはほとんど背番号が見えない程度しか肩を回していないのに、既に前足の内側のラインが地面からめくれ上がっています。この状態でさらに肩を回そうとすると、前脚の壁が崩れるので、それを嫌った結果、フォロースルーは腕の動きが主体となってしまうのです。その分だけ、スイングの中で肩の動きに対して腕の動きが先行するという傾向が見られ、凡打する時などにはその悪癖が見られます。
テークバックで軸脚へ体重を移動する動き。これを否定するとなると、中々受け入れられがたいのが現実でしょうけれど、トップハンドトルクタイプに限って言えば、そうなのです。マグワイア、プホルズ、ピアッツァ等を見て下さい。あれはパワーが有るから出来る打ち方だと思われるかもしれませんが、もしそうだとすると、パワーが有るので、あれ「でも」打てるという彼らが、軸脚に体重を移動すれば、70本、80本ものホームランが打てると言うのでしょうか。そうでは無いはずです。彼等の身体能力の中で、最大限パワーを発揮出来る打ち方が、あの打ち方なのです。
誤解の無いように付け加えておきますが、ウェートシフトタイプという前提で軸脚に体重移動する事についてはなんら否定するものではありません。両者のメカニズムが混ざってしまう事で、双方の良さが相殺されてしまう事が問題なのです。例えば、従来のウェートシフトタイプに基付いた理論の中ではトップハンドの力が強い事を「コネる」と言って否定してきたのも、その一例です。
もう1つ誤解の無いように、付け加えておくと、トップハンドトルクタイプの場合、理想的には準備動作としての体重移動を行なうべきではありませんが、スイングが始まれば、体重は自然に移動します。これに関しては何ら問題視するべきでは有りません。
コーヒーブレイク